イルカも夢を見るのだろうか?
イルカは私に飼育されて幸せなのだろうか?
私はイルカの飼育員だ。
3年間、同じイルカの飼育と調教をしている。
イルカが大好きだし、イルカの世話をすることは私の天職だと思っている。
それだけにイルカのことが気になって仕方ない。
どんなことを思い、どんな気持ちで毎日を生きているのか。
不安を抱いたり、悪夢にうなされたりすることはないのか。
私のことは、どう思っているのだろう。
嫌いと言うことはないと思う。
相性は良い方だと思う。
でも、それは私の勝手な思い込みで、イルカが本当はどう思っているのかは分からない。
頭のいい動物だ。
社交辞令で愛想を振りまいてくれているのかも知れない。
芸を教え込むときには、厳しい態度で接することもある。
でも、ここでながく快適に生きていてもらうには、芸を覚えることは必要な事なのだ。
イルカは私の気持ちを理解してくれているだろうか。
人間の言葉をどこまで理解しているかは分からないが、私は一生懸命に話しかける。
最近、私はイルカの夢ばかり見ていた。
ある日、目を覚ますとわたしは水の中にいた。
見上げると、水面の向こうに私がいる。
私とイルカの意識が入れ替わったようだ。
わたしは不安になった。
もし、イルカが日頃からわたしのことを嫌な人間だと思っていたら、わたしに辛く当たるに違いない。
水面からは飼育員である私の表情がよく見えない。
なにか怒ったような顔にも見える。
イルカのわたしは空腹だった。
でも、飼育員の私が餌をくれるのかさえ、分からなかった。
しばらくすると、私の姿は見えなくなった。
次に現れたとき私は手に青いバケツを持っていた。
イルカのわたしは嬉しかった。
あのバケツは、私がいつもイルカの餌を入れていたバケツだ。
飼育員の私は、イルカのわたしに餌をくれた。
とてもやさしい目をしていて、その目を見ながら餌を食べるのは、とても幸せなことだった。
人間のやさしいまなざしは、動物の心をこんなにも癒しているのか。
そして、人の話す言葉は、ちゃんとイルカの心に届いている。
やっぱりイルカはひとの気持が分かるのだ。
「いつも、ありがとう。あなたに育てられて幸せです。」
飼育員は、イルカのわたしにそう言って微笑んだ。
イルカは幸せだったんだ。
イルカのわたしは、その夜、夢を見た。
おおきな優しさに包まれたような暖かい夢だった。
【了】
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