空飛ぶクジラの物語(第3話)

月とクジラ

夢にまで見た白く美しく輝く憧れの「」。
地球から吸い寄せられるようにして、ここへたどり着いた。

しかし、わたしは月に到着していることに気がつかなかった。

これが月なのか?
いや、違う。

わたしの知っている月ではない。
月は地球より美しいはずだ。

眼下に広がっているのは、巨大な穴だらけの灰色の星。
おかしい、何かが違う。

わたしは、違和感を感じながらその星の周りを浮遊した。

ふと、見下ろすと、でこぼこの月面に脚の着いた銀色に光る金属のかたまりがあった。
そして、その近くをふわふわと一人の人間が歩いている。
その人間もまた銀色に輝いている。

わたしは引き寄せられるように、月の表面に近づいて行った。
どんどんと近づいていき、ついにはその人間の顔を確認できる距離まで降下した。

人間を覆う銀色の服の顔の部分は、大きなガラスでできていた。
わたしを見上げたガラスの中の顔は、驚きで引きつっていた。
わたしをここで見るのは、とんでもなく異常なことなのだろう。

しかし、しばらくすると、その驚愕の表情は次第に微笑みへと変わっていった。
なにか、なつかしい友人にでも再会した時のような穏やかな表情となった。

わたしもその笑顔を見ているうちに、なつかしさがこみ上げてきた。
水上へ飛び出すために一生懸命頑張っていた頃を思い出した。

そして、この人間は宇宙飛行士であり、目の前の星がわたしの憧れていた「月」であることが、ぼんやりと理解できた。

それにしても、美しさのカケラもないこの星が、地球から見ると白く美しく輝く月に見えてしまうとは・・・。
神様もひどいイタズラをするものだ。

月面の宇宙飛行士が、わたしに手を振ったように見えた。
わたしもひれを動かしてみたが、宇宙飛行士に見えただろうか。

なんだか、得体のしれない満足感がわたしを満たしつつあった。

これでいい、これでよかったんだ
内なる声に促(うなが)されるように、わたしは月をあとにした。

地球へ、そしてふるさとの海へ帰るために。

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ページ上部へ戻る