空飛ぶクジラの物語(第1話)

月へ向かうクジラ

私は特別な体験をしている人間だ。
じつは、クジラが空を飛ぶのを目撃したことがある。

私は、父親の赴任先のとある国で幼少時代を過ごした。
子供だった私は、母と離婚した父に着いてその国へ渡った。

人見知りの私は、言葉の壁もあり、学校へ行くのがたまらなく嫌で、家で過ごすことが多かった。

私の家は、海の見える丘の上に建っていた。
留守がちの父親を家で待つことの多かった私は、よく海に面したリビングの大きな窓から海を眺めて過ごした。

一日の太陽の動きに合わせて表情を変えていく海。
そして、変化する海から時より姿を見せるイルカやクジラ。
それらを見ている時間は至福の時だった。

イルカは水面高く飛び跳ねる。
クジラはその巨体ゆえ、海上に背中もしくは頭を出すだけ。

そう思い込んでいたが、なんと中には頭から尾びれまで、体全体を水面に現すほどジャンプするクジラもいるのだ。

それどころか、水面から1メートルほどのところにしばらく浮遊するように留まるクジラさえいる。

「もしかして、空を飛べるクジラもいるんじゃないだろうか?」
そんなわくわくするような疑問が湧いてきた。
私は、毎日のように昼も夜も飽きずに海とクジラを眺め続けた。

それから半年ほどしたある満月の夜、私は目撃した。

クジラが空を飛んだ。

飛ぶというより、吸い上げられていくと言った方が適切かも知れない。
まっすぐに月の方向に向かって進むクジラの姿は、勇壮で輝かしいものだった。

私の中で、何かが弾けたように思えた。
神様の声を聴いたような、そんな気持ちになった。

次の日から私は、あんなに嫌だった学校へ通い始めた。

あの日がなかったら、私は宇宙飛行士にはなっていなかっただろう。

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